閻魔の大王の下帯めがけて宙を落ちていく牛建の鼻は一級品である。
長い長い背骨をかすめ下り、寸分違わずケツ毛の濃い尻のくぼみの真ん中に沿って下帯の中へと頭から突っ込んでいった。
「ぐほお!くせえ!くっせえ!ごっ!」
下帯の白地に顔をしたたかに打ち付け、男はしばらく気絶した。
「ん?ここは…。ぷがっ、くせえっ!」
帯のへりで目を覚ますと、生地に染みついた親父臭い汗のすえた匂いに思わず間抜けな声が出る。が、顔を上げると外はいっそういっそう臭かった。
「ぷわあ!閻魔の大王様のケツの匂いだあ!くっせえっ!くっせえっ!」
白い布はそこら中にあるのでいくらでも捕まっていられる。太った体を汗臭い布に巻き込み居場所を落ち着けると、牛建は目の前いっぱいにさらけ出されているドでかい親父の尻の割れ目を釘付けになって眺め続けた。
肌色の割れ目はまだ浅いところらしく、男の体よりも幅広い大きなへらのようなくぼみが上に丸く尖っていくのが見えている。その尖ったところから親父のケツ毛が生え際になっている。
「毛が濃い親父だすなあ。うげえ、くせえっ。馬小屋に居るみてえだあ。」
生え際からして無数の小枝のごとき黒いケツ毛がこちらに向かってゆらゆらと不気味に揺れる。所々に茶色みがかった物があるにはあるが、小枝はほとんど黒だ。
ただ、肌色のくぼみはあまり乾いているとは言えず、背中よりも柔らかそうな肌の湿り気は見るからに臭そうである。そして、そう見えるだけでなく、湿ったくぼみからは今まで馬糞でも付いていたかのような尻汗と糞汗の匂いがしていた。
見渡すところ、糞は付いていないように見えるが、匂いは馬糞なのだ。馬小屋に例えたのは間違いではないが、実のところ牛建がこの世で嗅いだどの馬小屋よりも親父の割れ目の始まりは馬糞臭かった。
息をするだけで男の不格好な鼻がふがふがと動く。首尾良く閻魔様の尻の割れ目に入り込むことができた牛建は心中で飛び跳ね小躍りした。
これでずっと親父大王様のくせえケツの下で暮らせる。どうやって穴のところまで行こうか…。
汚れた下帯を下りていくのもよい。見下ろすと白い布は下に行くほど古くくすんだ垢の色になっていき、明らかに臭いのだ。何日も締めている帯であるのは疑いようがなかった。
それにも劣らず、割れ目に飛びつきケツ毛に捕まりながら下へ下りていくのもまた捨てがたい。小枝は充分強そうだし足場にもなる。何より、くぼみに沿って尻を伝っていけば閻魔様の穴まで必ずやたどり着けるのである。
飛びつけるだろうかと背丈より何倍も下の様子をうかがうと、下帯と座布団に守られた大地にはたとえ頭から落っこちたとしても気絶くらいで済みそうな感じがした。
それより、その茶色いシミの広がる大地から立ち上る馬糞の臭みは、畑の畝をのぞき込んで下肥を嗅ぐように、鼻をしびれさせるほど不浄にもわあーんと匂ってくるのである。あそこに落ちたら、気絶するのはたたきつけられる衝撃によってではないかもしれない…。怪しくまた恐ろしい奈落であるように見えた。
(うん、ケツの毛に捕まっていくのが、ぜってえいいだすな!)
たとえ落ちてもあの臭い奈落である。あそこへ行くのが目的であるし、自分が求めているのは下帯の大地よりも汚く臭い、それこそ馬糞まみれの穴なのだ。元よりおかしな牛建は、汚れと匂いのひどくなっていく下の光景に驚きはすれど、つま先さえすくみ上がってなどいなかったのである。
帯のへりをいくらか渡り歩けば尻のくぼみが山となってこちらにせり出してくるところまで行けるのだが、あまり頭を働かせない牛建は再びびょおんと白布から飛び上がった。短い手を伸ばして割れ目の黒い毛をつかもうと宙をもがく。
この世であれば数尺も行かないうちに男の太った体は体重のままに逆さまに墜落してしまうところなのだが、今回も牛建の体は彼の望むとおりの弧を描いた。鼻から突撃する勢いで湿った割れ目に抱きつき、ざらざらと荒く硬い手触りのするケツ毛の1本にしっかりと捕まったのである。
「やった!やっただすう!ぐほお、くせえだすう!」
鼻の欲するままに柔らかい尻のくぼみに顔を埋める男。鼻はそれこそ湿った壁の中に丸ごと埋まってしまった。まだ割れ目の始まりであるというのに、牛の腹のように温かく柔らかい肌の一面からは馬糞も牛糞も混ざった、ドでかい親父の臭い尻の匂いがもうもうと匂っていたのだった。
尻汗のすえた臭みも、帯に移った匂いとは比べ物にならず臭い。鼻腔にそのまま流れてくる親父の尻の汗の臭みだけでも牛建は飯が何杯も食えると確信した。
べちょべちょべちょ。べっちょんべっちょんべっちょん。たまらず閻魔様の尻に顔を埋め、頬ずりしながら顔中に当たる割れ目の壁をところ構わずなめた。ところ構わず臭い、そして。
「くっはあ!にんげえ!閻魔様のケツにんげえ!くせえしにげえしうめえよお!」
この世で伝え聞いていた怖い閻魔様であり、目の前でいかめしく裁定を下した怖い大王様だ。誰もが恐れる冥界の支配者とも言うべき大男の尻をついになめた。
しかも、この親父の尻はとてつもなく臭くて苦い。まだ浅い割れ目だというのに。
男は親父の尻をなめながら毛を伝ってずんずんと下へ下へ下りていった。毛は小枝から太い枝に、やがて鼻がしびれるほど糞臭い幹にと姿を変えた。