くせえっ!
イチョウ並木の道の真ん中でしゃがんで嗅ぐ指には、老人が産み落とした野糞の汁の猛烈に生臭い匂いが付いていた。
ぐふっ、これは臭い。鼻が真横に曲がるぞ。
なのに、私はまた指を嗅いでしまった。んぐふっ、くっせ!くせ!
あまりに指嗅ぎをしていたら、鼻に、ぬるり、と気持ち悪い感触が走った。
じいさんの実の汁が鼻に付いてしまったあ!
くせっ、ううっくせえっ!
悶絶の声を抑えるので精一杯の私。
黄葉したイチョウの中に居るはずなのに、ギンナンの匂いがしない。老いた男の胃から腸を下りて産まれたドングリ形の太い実の、猛烈に芳醇な匂いしかしない。
懲りずにかざしていた指がまたぬるりと鼻に当たってしまった。んぐうっ、くせえっ!
ぬるりぬるり、ぬるぬるぬるぬる。もうやけだ、全部鼻に塗ってしまえ。まるで緊張感の抜けた内臓の臭さに鼻が間抜けな異音を立てそうになる中、ついにじいさんの尻が動きを開始した。
みちっ、みちっ、めちっ、めちめちっ。
まあたくっせえ匂いしてきたなおい。それもそのはず、開いた尻の穴から実が頭を出している。地面に向けた尻の角度をくいと調整して、じいさんは私のほうに向けて糞をした。
めちめちめちめちめちっみちみちみちみちみちっ。
そして、長い実をぶら下げた穴がぐうっと最後のしっぽを押し出す。
ぶりりりりりりりっ!
「おぉぉぉぉ、出たあ!」
ええ、アケビみたいな実が元気にごろっと出ましたね…。ぷわおーんと、これまでよりもさらに臭い実の匂いが尻の下に立ち込めて思わずむせ返った。鼻に塗ったウンコ汁を物ともせずの臭さだ。
私は新しい実を触った。手全体に伝わる老いた男の体内の温度。温かいな。産みたてだな。
ぬるりぬるり、ぬるんぬるんぬるぬるぬるぬる。
「け、健康的な実ですね。匂いもすごい…。」
私は整わない息でなんとか言った。新たに手のひらからくまなく塗りたくったばかりのウンコ汁で鼻がもげそうだ。くせえなんてもんじゃない!
「くせえだろ?」
「ええ。信じられないくらい臭いですよ…。」
ふごっふごっと鼻を鳴らすと尻丸出しの老人は大笑いして喜んだ。
「いつも何食べてるんですか?色も形もきれいで、いいウンコですね。」
「体質だな。食べ物はあんたとも大して変わらないと思うぞ。」
ほんと?実を取り上げて顔の近くまで持っていった。
ぐっはあっ!…くせ!
鼻の前にアケビをかざしたらそれはそれは臭かった!湯気が脳髄に響く!
見ると、確かに野菜やトウモロコシが入っているような若干の濃淡がある。割って中を見ないと分からないな…。さすがにそれは匂いが怖いような気がした。
しかし、これが目の前でしゃがむ親父の胃腸を通って尻から出てきた大の果実だとは。きれいだ。体質にしても、高齢によらずなかなかにきれいな腸をしているのではないか?
臭さも、バランスの取れた腸内細菌によって充分に消化された、理想的な大便の匂いなのだと専門家から説明されたとしても納得がいく。
どんな腸をしているのだろう、と思いながら実を地面に置き、また手を鼻にぬるぬるやってしまった。気のいいじいさんのそばで慣れてしまって、あまり汚いと思えなくなった。もげるほど鼻は臭いが。
「終わったぞ。紙はあるか?」
「持ってないんですか!もう!」
この親父の遠慮のなさと胃腸の実の臭さにいらついた私は、老人の白いデカ尻をぱんぱん!とひっぱたいた。
笑ってる。笑ってお茶を濁しても駄目だぞ。ぱあんぱあん!
「ほら!拭いてあげますよ!」
ティッシュを取り出すと私はじいさんの尻を拭いた。ねっちょりしたウンコ汁がティッシュにたくさん付く。んもう、くせえなあ!
「悪いな、何から何まで。」
「ええ、もう道の真ん中で野糞しないでくださいね。」
実とティッシュをビニール袋に入れ、粘液の付着した臭い落ち葉を道の向こうにがさっと捨てて、私は笑顔の老人を横から急かすように歩かせた。急かしたところで、のそりのそりとしか歩く気のないじいさんである。
立ち上がった彼は小太りで、なるほど健康的な三食を毎日食べていそうだ。尻も割にでかく、完璧に今見たばかり故の先入観だが臭い実をいつも垂れているあまり締まらない尻に見えた。
10メートルも進まないうちに突然じいさんが立ち止まった。小太りの体をもじもじさせてこちらを見上げている、まさか…。
「すまんが、尻がまた実を出したいそうだ。」
「もう!こっち来なさい!」
ぶ、ぶぶぶ、ぶぶぶぶぶ、ぶぶぶぶぶ、ぶうぅぅぶぶぶうぅぅぶぶぶぶぶうぅぅぅぅ!連発が止まらない屁がどんどん実体を思わせる臭さになっていく。実体が産まれ出てくるのも時間の問題、いや、時間すらないのは屁を聞くよりも明らかだ。
そんな緊急事態の再来の中、私はのそのそ動く老人を歩かせ、なんとか道の脇まで連れていった。ズボンに手間取る親父にいらつきながらパンツも一緒に私が腿まで下げてやり、親父の白い尻が再び秋空の下に大公開された。
「早くしてくださいよ、後ろで見ててあげますから。ぶりっと出して。」
「おお、出るぞ…。見てろ?」
見てろ、じゃありませんよ…。だが私は見ていた。しゃがんだ親父の穴がくっぱあ。黄土色の実は彼が言うようにすぐ手前まで来ていた!
めちめちめちめちいっ。落ちた。
くっせえなもう。いらつくのに笑顔になってしまう。
「出ましたね、栗みたいな丸っこくてかわいい実ですよ。早糞でしたね。」
親父が穴をひくひくさせている。
「いや、まだ出る。」
親父の柔らかそうな穴がひくひくしている。
きれいな栗の実を落ち葉から取り上げて今度はウンコ汁を鼻に直接塗りたくった。あったかいな…。んぐふっ、んぐはっ、ああくせえ…。たまらない…!
ギンナンになど負けない動物性の臭い実の汁を脳の髄まで吸い込みながら、地面の近くでくっぱあと開いたままの親父の穴に指を1本入れた。
どんな腸をしているんだ?羨ましい健康な実ばかり出して。
温かい粘膜の中に指が埋まっていく。柔らかい肉だ。まっすぐ入っていく先に行き止まりのような場所があったがよく触ってみると奥に続くさらなる細い穴がある。
腸の中に指が入るのか?わくわくしながら私はそこに指を突っ込んだ。指は根元まで年寄りの尻の中に埋まった。
「おぉぉぉぉ…。」
ぐにゅぐにゅと中をほじくり返すと禿げ老人が喉から深い息を吐く。私は片手の中の温かい栗に舌を伸ばした。
したいと思ったことなど一度もなかったが、この親父のなら。汚くはない。男のケツをほじるのも胃腸の実に口を付けるのも、今で最後だろう。
べろっ。
くうっ!くあぁぁっ!
べろっ。
くうぅぅっ!くせえぇぇっ!
臭くて仕方ないが。嫌いじゃない味だ。
指を抜いて腸の中の味も見た。臭くて仕方ない。嫌いじゃない。汚くない。ちゅーちゅーとしゃぶると芳醇な苦みを感じた。
くうっ、もう少しこの味を。栗をなめ回しながら尻に指を出し入れし、まとわりついてきた粘液をしゃぶって親父の尻の味を堪能した。何度もほじくられたからか、中に何もなかった腸の狭い奥にようやく大きな実がこつんとやってきた。
「指を入れて年寄りの排便を促してあげましたよ。尻に実が下りてきてますから、さあ踏ん張って。」
「んんうぅぅぅぅんっ!」
めりっめりっ!めりりりっ!
「出てきた出てきた!きれいな黄土色だ!ほら、踏ん張れ!」
ぱんぱん!と目の前の尻をたたいて鼓舞した。ぐっと固く力の入る老いた男の尻。
めりめりめりめりっめりめりめりめりめりっめりりりめりりりめりりりりりぶりりりりりりりいっ!
一番でっかい茄子がぼとりと私の手に寄りかかってきた。ぽおわあーっと、渾身の臭い湯気が立ち上る。
「おお、親父、でっかいの出たなあ!」
ぱあんぱあん!デカ尻をひっぱたいてやった。明るく笑いながら、老いた胃腸の実を私は受け取った。ほかほかの産みたてだ。
「あんたが尻の中をほじってくれたから刺激されて無事に実が出たぜ。ありがとうよ。」
もう臭くて何がなんだか分からないほど臭いが私は笑顔でうなずいた。
帰ったら鼻を洗わないと。でも、なんとなく惜しい匂いだ。ぶら下げた袋の中に入れてある数々の実も気が向いたら広げて嗅ぎ回して観察したいが、そのうち駄目になってしまうのだろうな…。
「親父はここに時々来てるのか?」
「雨でなきゃ毎日来てるぞ?あんたこそいつ来てるんだよ、見ない顔だがね。」
確かに当たりだ。近くに引っ越してだいぶ長いが日々仕事に忙殺されてばかりで来ることはたまにしかないのだ。その分、私にとってこの並木道は大切な場所だ。
「春くらいにはまた来られるかもしれない。また会おうな親父。」
「春だあ?そんなに先のことなんか待ってられるかよお。じいさんの寿命をなめるなよ?尻の中に入れた指くらいはなめてもいいけどな。」
分かっていたのか。親父がきれいな実を出すから、と二人で一時の臭い秋を笑い飛ばした。
(完)
※尻臭川柳(2024年11月)から創作した話です。